マンガ「岡山城ものがたり」
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 1600(慶長5)年、関ヶ原の戦に出陣する秀家の無事を祈る「豪姫願文」(=写真)が残されています。この書状は、大和国(奈良県)の長は谷せ寺でらに祈き願がんしたもので、「世の中に中ちゅう納な言ごん殿どのはたくさんありますが、この中納言は秀家様という名前なので、間ま違ちがいないように」と注意し、年齢も「申さるの御おんとしの生まれで、二十九歳です」と、重かさねて間違いないようにと念ねんを押しています。夫を思う気持ちが伝わってきます。※中納言…秀家が朝廷から与えられた官職名で、後に岡山城主となる小早川秀秋もこの官職にありました。47 秀家と豪姫 若いころの秀吉の盟めい友ゆうで加賀の金かな沢ざわ城じょう主しゅとなっていた前田利家の娘として生まれ、秀吉に気に入られて養よう女じょとして大切に育てられました。十四歳のとき、秀吉の取り成しで宇喜多秀家と結婚。備前御方などと呼ばれました。

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