マンガ「岡山城ものがたり」
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藩学校は岡山市北区蕃山町の岡山中央中学校の場所にありました。校庭の一画に当時の池と石橋が残っています。論語…儒学で最も重要な書物。……学校奉行を命じられた津田永忠と泉仲愛はさっそく城内に石山仮学館を設け、二年後の一六六八(寛文8)年には城下に正式な藩学校を建設して、藩士の子弟に儒学や武芸などを教えました。同じ頃、光政は領民教育のために備前市閑谷の山中に閑谷学校も開校させています。また領内には、民間人が開いた寺子屋や私塾もありました。藩も領民もそれだけ教育への思いが高かったのです。論ろん語ごの講■■釈■などは■■■■難■しいかと■■■■■■読み書きは間に合いますがぞんじます二人が奉■行■となって多くの教■師■や有■能■な人材を育てる学校をつくってもらいたい《津つ田だ永なが忠ただ》《泉いずみ仲ちゅう愛あい》66

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